尚本家祭祀

祭祀についての御挨拶

私が物心をついた頃、尚家の本家は東京邸宅住まいでしたので、祭祀につきましても大伯母がしていたような記憶が微かにある程度でした。その後、長く祭祀継承が途絶えました。

沖縄においても尚本家の者が、祭祀に携わる事は長らくありませんでした。その様な中、祭祀に関わる小さな事件が起きました。

尚本家の祭祀は琉球王国時代より厳修され、女性が担うものでありました。
琉球王国時代は、王の娘の王女か、王妃が祭祀長のトップである聞得大君に就任し(オナリ神信仰の為)、時として王より権威を有しました。政祭一致制度が垣間見えます。
政(政治を王)と祭(祭祀を聞得大君)を、分けて統治していたという事です。尚本家より長らく沖縄の祭祀に携わる者が途絶えましたら、自称聞得大君を名乗る神人さんが何人か誕生するようになり、地元の要請を受け、私の姉が晩年の何年か祭祀を担う者として沖縄入りする事になりました。
その当時、尚本家当主は父から私に当主の任命があり代替わりしておりましたので、姉による沖縄での祭祀につき、当主として容認致しました。
姉の亡き後、自称の混乱をさける為、当主の私が私の身内の中から祭祀長を任命する事と致しました。

新しい尚本家の祭祀長には、古儀の選定に則りまして、当社団法人の副代表理事でもある娘に任じ、古例を尊び、祭祀斎行を続けていく事となりました。
娘は「祭祀とは重儀である」という認識を堅く胸にしており、単なるセレモニーでなく、尚本家として粛々と沖縄の為に祈りたいと強く願っている為、娘の意を汲み、ただただ粛々と沖縄の大神様に御仕えしていく事と相成りました。

御願の時に皆様にお目にかかる事もあるかとは思いますが、温かい目で見守って頂けたら幸いです。

23代当主 尚 衞